生検は2018年4月26日から28日までの2泊3日の日程だった。時系列で記録する。
4月26日午後1時から夜
Y病院の入院窓口で、事前に手渡されていた検査同意書や保証人などの用紙を提出して病室に案内される。検査を決めた診察日にすでに個室をお願いしてあったため、テレビと冷蔵庫、トイレ、シャワーのついた部屋だった。ホテルと異なり、病院は2泊3日でも3日分の個室料金を取られる。その日に入るまで空いている部屋の料金が大まかにしか分からず少々不安だったが、4万円強といったところ。痛い出費ではあるが、終わってみれば大変にありがたかった。
部屋にはさまざまな担当の看護師さん、薬剤師さん、そして主治医が訪れる。時節柄、新人の看護師さんもベテランさんとともに横について研修を受けている。何とも初々しい。自分の娘たちと同世代だ。腕に患者の印ともいえる輪っかをはめられる。バーコードと名前、生年月日が記入されている。
主治医や看護師さんの話を総合すると、以下のような内容だった。検査は翌日午前9時から手術室で実施する。時間は10分ほど。今夜、下剤を飲み、朝、座薬の下剤を入れてトイレを済ませる。感染予防のため抗菌剤を入院直後から服用する。これは退院して2日間、飲み続けた。
なぜなのかよく分からないがこの日は入浴禁止。翌日の検査後もダメ。事前に分かっていたので自宅でシャワーを浴びてきた。説明が終わって後は寝ているだけ。院内は自由に動き回れる。普通の入院患者同様に何度も看護師さんがバイタルを確認しに来るが、普通食の夕食を食べて、テレビを見てすごした。
ここまで来たらジタバタしても仕方がない。個室だけにテレビは音を出して見られる。ゴルフファンとしてはこの日から始まった中日クラウンズの動画をゴルフネットワークで見たいので、iPadを持ち込んでずっと見ていた。南北朝鮮首脳の板門店会談もあり、長時間イヤホンをしなくてすむ個室はありがたい。
4月27日午前6時から9時
検査日程通り、午前6時に看護師さんが来て、座薬(レシカルボン)を手渡してくれた。「入れると炭酸のようにシュワーって感じで、もよおします。でも、20分ガマンしてくださいね。出し切るためです」とニコリ。そのままでは挿入できそうにないので潤滑ゼリーをもらった。
これまで鎮痛剤の座薬は何度も使ったことがあるからスッと入っていった。だが、20分はとても持たなかった。相当ガマンしたが、もう無理。時計で測ったら、たった7分で降参。ベッドサイドにあるトイレに駆け込んだ。おー、個室でよかった!もし、トイレが満室だと想像するだに恐ろしい。
「手術1時間前に朝の抗菌剤を飲んでください。そうするともっともよい具合に効いていますので」と説明した薬剤師さんの言葉通り、8時に飲む。
直後に訪れた看護師さんに「20分持ちませんでした」と申し訳なさそうに話すと「どれぐらいでました?固さは?」などと、看護師さんだから仕方ないのだが、若い女性に問われ、「えっ、固くもなく柔らかくもなく。実にスムーズに。かなり出ました」と答えた。「なら大丈夫です。20分は気にしないでくださいね」。なんだ、そうなんだ。
その後、急いで個室にあるシャワーを浴びた。おしりもしっかり洗っとかないと。さすがに失礼だから。コンビニで買っておいた携帯サイズのシャンプーとボディソープが役に立つ。病室というのは、それにしてもアメニティは何もない。
9時少し前になった。別の看護師さんが呼びに来た。「さあ、行きましょう」。パンツ一丁になり、後ろでリボン結びする手術着を着せてもらう。たるんだ体を見られて恥ずかしい。もし癌じゃなかったら、体を鍛えよう、と決意する。
「メガネは手術室で外しますからそのままで」と看護師さん。「行きは歩きで、帰りは車いすで戻ります」とカラの車いすを看護師さんが押しながら、こちらは一人歩いてエレベーターに向かう。どきどきもしない。
4月27日午前9時から9時30分
中央手術室に到着した。いくつ手術室があるのか分からないが、受付の後方に今行われている手術の映像が複数のモニターに映し出されている。事務の女性が、僕の左手にあるID輪っかのバーコードを読み取り、名前と生年月日を教えて欲しいと言う。この名前と生年月日は3日間で10回以上言わされた。人違いはイカン。イカンけれど、そこまでする?というぐらい確認された。
入室する前に担当の看護師さん2人が名乗り、挨拶する。「こちらこそ、お願いします」と返す。「では、行きましょう」と促され、正面の部屋に。銀色の扉の上には「手術中」の赤ランプ。すでに点灯している。扉の右下にあるボックスに看護師さんが足を入れる。ドアがゆっくり開く。歩いて入るとすでに医師とパラメディカルのスタッフが6人ぐらい。みんなが僕を注視している。
「では、こちらに乗ってください」と男性看護師さん。また、名前を聞かれる。小さな踏み台に足をかけて手術台に上る。仰向けになって、いわゆる砕石位=両足を上げて開脚し、膝を曲げた状態で固定される=の体勢をとる。指に心拍数を測るクリップをつけられる。バイタルを気にするぐらいの結構な検査なのだと再確認させられた。
お腹のあたりにはカーテンが引かれ、下半身は見えない。パンツは自分では下ろせないので看護師さんが下ろしてくれる。すーすーする。スッポンポン。検査だが、我ながらひどい格好ではある。
看護師さんが医師に「これから行うののは何ですか?」と確認する。医師が「前立腺生検です」と答えると僕に向き直り、説明する。「まず指を肛門に入れます。それから機械を入れて麻酔をします。12回、パチンという音がします。ではいきますよ」。「え、もう始まる?」と焦る。左右の看護師さんが僕の両腕を触りながら「力を抜いてくださいね。力を入れない方が痛くないですよ」と言うが無理!「そう言われましても…」というと「ですよねえ」。
笑うまもなく、指が入ってきた。これはきちんとバイオプティガンが入るかどうか、の確認なのだろうか。ええっ、ちょっと、痛いじゃん!と声が出そうになると、すぐに指は抜かれ、間髪入れず、今度はバイオプティガンが入ってくる。指より太い。ぐぐぐぐ。え、そんなに深く入れるの?
痛い、といえば痛いが、その単語では状況を表せていないと思う。棒を突っ込まれた圧迫感、それに、口に指を入れて横に広げたような感じか。波状攻撃のように「では、麻酔を射ちます。チクリとしますよ」。自分の思い込みだったのだが、麻酔はおしりにするのだと勘違いしていた。すでに検査は始まっているのだから、いまさらおしりではない。バイオプティガンの中から針が出てきて、肛門の中にブスリ。あー、これは…イテテテ。
使っている局部麻酔薬は事前の説明ではキシロカイン。歯医者さんで歯茎にする、あれ、である。痛みもまさに同じ。中、左、右と三カ所。時間にすれば10秒もないが、イッタイなあ、もう。ただ、振り返ってみると、痛みはこの後はどうということはなかった。
医師は「はい、左3、右2」と声を上げて隣にいる看護師さんに記録させながらバチン、バチンという結構大きな音とともに組織を取っていく。「ここがみなさん、1番痛い、とおっしゃる場所ですが」と言いながらもバチン。ただ、12カ所の生検採取はどの場所も何の痛みもなかった。痛いのはむしろ機械を突っ込まれている肛門と注射だった。
「はい、最後、終わりました。お疲れさまでした」という声で終了。「出血はほとんどありませんでしたよ」。バイオプティガンが抜かれると「はー、やれやれ」。手術台ゆっくり起き上がるが、力を入れすぎていたせいか脱力感もすごい。「気分はどうですか?」と看護師さんに聞かれたので「ちょっとクラクラします」と話すと「それは麻酔ではなくて精神的なものから来ていると思います」。そういうものか。
手術台に車いすが横付けされた。乗る。目の前に今採取したばかりの検体が運ばれてきた。薄いマッチ箱様の、小さな穴がいくつも空いたプラスチックケース。青と白の2色があったような気がする。これで左右を分けているのか。パラメディカルのだれかに聞こうかと思ったが気力がなかった。ふーっ、という感じだ。
病棟の看護師さんが迎えに来るのを手術室前で待つ。この時点で、痛みは全くない。目の前を多くの手術患者が通り過ぎていく。ベッドごと運ばれる重篤な人もいる。僕と同じ部屋に通される初老の男性がいた。泰然としている。検査が終わって思い出した。C病院のK医師に「痛いんですかね?生検」と聞いた時の返事。「ものすごく痛いと思って臨んでくれたら、大したことはないですよ」。その通りだった。
4月27日午前9時30分から夜
車いすに乗って病室に戻ってきた。検査中の急変に備えて待機していた妻が「大丈夫だった?痛くなかった?」と聞いてきた。「うん、うん」と返事をしてベッドに横たわる。しばらくして、止血剤の点滴が始まる。ラクトリンゲル液500ccにカルバゾンクロム静注50ccを2時間かけて落とす。カルバゾンクロムは橙色をしている。初日に来てくれた薬剤師さんによると、尿にこの色のまま出てくるので血尿と紛らわしいという。
11時50分ごろ、生検終了後、始めて尿が出た。最初の尿は尿瓶に入れて看護師さんに見せることになっている。透明の尿瓶に向けて怖々出す。真っ赤だったら嫌だな、と思いながら。たが、多少は赤いかもしれないが、濃い橙色だ。
「あら、これだけですか?」と看護師さん。「いえ、色が分かればよいかと思い、なみなみと尿瓶に入れることはないと思って半分以上はトイレに捨てました」と僕が話すと「すべてほしかったのですが、仕方ないですね」。看護師さんとはまあ、大変な仕事だ。
血尿はこれまでも何度か、尿道結石で経験している。あの赤さと比べればまったくだ。出血は少なかったですよ、という医師の言葉を裏付ける尿の色。とりあえず一安心。ただ、時間の経過につれて、下半身に不快感が増してきた。まず肛門に違和感がある。膀胱炎、尿道炎のような不快感がある。残尿感というか。これは夜まで続いたが、テレビを見ていれば忘れてしまいそうな程度で、翌朝には消えていた。
検査を終えてやれやれの気分だった。だが、よく考えれば、癌が否定されて初めて晴れ晴れするのであって、まだ、たった、検査を終えたにすぎない。妻が帰った病室で5月中旬に出る検査結果が悪いものでありませんように、と祈った。
主治医のN先生が病室に顔を出してくれたのが午後。
先生「もう普通に生活していいですよ。サプリを再開してもいいです」。
僕 「GWに2回、ゴルフするんですが大丈夫ですかね?」。
先生「大丈夫ですよ。多少血尿になるかもしれませんが。夜、ビール飲んでください」。
僕 「飲んでもいいんですか」
先生「少しぐらいなら大丈夫ですよ」
うれしい!
4月28日午前6時から10時
早めに退院するためには、止血剤の点滴を早朝に終え、朝食を済ませないといけない。「では、午前6時に点滴ということで」と前夜に告げられたため、目覚ましを5時50分にセットしておいた。目覚めると同時に看護師さんがノック。「ちょっと早めに落としましょう。きのうの感じなら大丈夫そうですね」。
点滴は自分の血液以上の液体が体に入るわけだから当然、心臓に負担がかかる。患者に大量、急速に輸液する際は注視が必要なのはナースの基本らしい。
点滴を終えてトイレを済ませて部屋のシャワーへ。検査中に力を入れすぎたせいか脂ぎった髪の毛を早く洗いたかった。尻から血が出るかと心配したが、それもなし。シャワールームから出てくると朝食がベッドボードに乗っていた。
身支度をして待っていると看護師さんが計算書を持ってきた。9万円と少し。検査費用4万円強より個室料の方が高い。痛いなあ、と思いつつ、トイレやシャワー、テレビの音量を考えるとありがかたかったか。
検査結果を伝える診察日の確認、今後の注意点(飲酒は控えるように、とあるがN医師からOK出てるしね)の紙を再度確認。ナースステーションに挨拶をして会計へ。この日は土曜日のため窓口は開いていない。救急外来横の自動精算機にクレジットカード入れる。この精算機、病院仕様なのだろう、最後に「オダイジニ(お大事に)」と言う。そういえば、米国に赴任していた時、日本に旅行したことのある人たちによく言われた。「日本の機械はよくしゃべるよね」。
さあ、祈りながら、結果を待つ。