2018年12月14日金曜日その2
13日午後2時過ぎに処置室に入った僕に、陽子線科治療部のベテラン、O医師が説明にきてくれた。生検の時、キシロカインの注射が痛かったと伝えると「点滴の中に少しウトウトするような薬剤を入れて緩和することもできますが、どうしますか」と問いかけてきた。薬剤名を失念したが、聞けば完全に痛みを取り除くわけではなく、ウトウトしている分、痛みに集中しなくなるとのこと。そんなもんなら、いらんわ、と思い「どうせ、10秒ぐらいでしょう。我慢しよう」と心の中で決め、いきなりキシロカインの注射で始めることを伝えた。
砕石位を取らされたまま、股の内側にある板が外に広がり、大股開きとなる。腹の上で仕切られたカーテンが恐怖を増幅する。それを感じたのか看護師さんから「いきなり、何かを始めることはしません。いきますよ、と話しますから」と不安を和らげてくれる。とはいえ、いまならまだ間に合う。「やっぱり、眠くなる薬、点滴に入れてください」。この言葉を何度も飲み込んだ。「ガンの治療にきてるんだから。我慢しろよ」と心の声。
看護師さんは仕事とはいえ気の毒だ。60間際のおっさんのいちもつが目の前。「陰嚢を持ち上げてテープで留めます」カーテン越しに声がかかる。肛門と陰嚢は少し離れているのになあ、と思ったが、後で分かる。針を刺すのは生検のように肛門の中ではなかった。会陰部なのだ。
用意が整うと、医師がカーテンのこちら側に来て「では、これから始めますね」。どうやらH医師ではない。生検の時もそうだったが、必ずしも主治医がやるわけではない。かなり若い医師でのちに病室にきてくれて判明した。N2(Y病院にもN医師がいるのでこう呼ぶとする)さんは大学卒業して5年目。経験がモノをいう世界では、ひよっこではある。「お手柔らかに」と頭を下げた。
生検の時のようにまず肛門に指が入ってくる。続いて器具が挿入される。生検ではこのオプティガンがグイッと深く入るのだが、今回は違う。器具の挿入で圧迫感は少ない。「注射行きます」とN2医師。ブスリ。痛いではないか。いや、まあ、これは想定内。だが、結構痛い。想像以上に痛い。
O医師に術前に聞いていたのだが、キシロカインは1%溶液が20ミリリットル入る。「20ミってめちゃくちゃ多いですよね」「そうですねえ」という会話を思い出しながら、この痛みに耐える。

ちなみに 普通の注射器はせいぜい3ミリリットル。ネットから転載した写真だが、これでいうと上3本のうちの右端の量。これは10秒では入らない。場所も1カ所ではなく、方向を変えながら薬剤が入る。とにかく痛い。「歯を食いしばらないで。目を閉じないで、腕に力を入れないで」。隣の看護師さんが語りかけるが「そりゃ無理でしょ」と答える。口をやや開けて腕の力を抜いているとなぜだか笑えてきた。看護師さんが「その笑いの意味は?」と聞くので「もう、好きにして、という感じです。痛すぎる」。
だが、本当の痛みは先にあった。金属マーカーがどのようなものか、実物を見せてもらわなかったのはうかつだったが太さ0.5ミリ、長さ5-10ミリ程度のようだ。こいつを専用の機器に入れて、肛門に差し込んだままの器具から超音波で臓器の位置を確認し、会陰部からグサリと刺して入れていく。肛門の挿入が生検に比べて深くないのは、こうした事情らしい。
もちろん、麻酔は効いているのだろうが、こいつが痛い。あーっと声が出る。たぶん30秒から1分ぐらいかもしれないが、痛すぎる。これを2度繰り返す。息も絶え絶えになったところで、最後にspace OARなるもののの挿入だ。これは前立腺と直腸の間にスペースを空け「照射される直腸体積の減少と陽子線の吸収線量の低減」(説明文から)を目的にしている。要するに高線量の陽子線が直腸にあたるダメージを少なくするために入れるゲル状のもの。これも、プローブを肛門の中に残したまま、針を会陰部に刺して入れていく。数カ月で体内に溶けていき、なくなるので人体に影響はないという。だが、痛い。くーっと声を出して耐える。
終わりました、の声がなかなか聞こえない。うーんとうなっていると突然便意を催す。「うんちがしたいかもしれませんが、便意だけです。浣腸をしているので実際には出ませんし我慢すれば治まりますから」と隣の看護師さん。要するにスペースOARが直腸を刺激するのだ。すぐにでもトイレに行きたい。でも我慢せよ、と。うなっていると「終わりましたよ」とN2医師の声。確かに5分もすれば便意は治まっていく。長い留置術が終わった。看護師さんが「陰嚢のテープ剥がすね。これも痛いよ」。ビリビリ…。こんなもの、留置術の痛みに比べれば蚊に刺されたようなものだ。
時計をみると午後3時5分。手術開始が2時27分だったので所要時間40分。どれぐらい痛かったか、という5段階で答えるアンケートのような紙をもらった。もちろん、我慢の限界というほどではないが、3(かなり痛い)と4(我慢の限界に近い)の間ぐらいだと答える。少なくとも「生検よりはずっと楽だった、とみなさんおっしゃいますよ」という看護師さんの言葉は受け入れられない。絶対にこちらの方が痛い。生検はY病院だったから一概には比較できないが、どうせ、最初のキシロカインの注射が痛いのなら、もっと濃い液を入れてほしいものだ。もう二度とやりたくない。
終わるとパンツとズボンをはき、車椅子に乗せられてレントゲン室に寄る。おそらく今の処置が予定通りか、画像で確認するのだろう。何はともあれ、終わった。あとは止血剤と抗生剤の点滴を経て、寝るだけ。全身に力が入っていたのだろう、とても疲れた。そしておなかが空いた。