市陽子線治療センターでセカンドオピニオン

2018年6月20日水曜日
 雨の中、車で向かう。初めての病院。市立の病院に併設されている陽子線センターはとても綺麗。Y病院のN医師からもらった紹介状や画像のCDR、生検で取ったプレパラートを持参する。CDRとプレパラートをみると複雑な思いだ。これが癌なんだなあ、とミミズのように細い、ひょろひょろの生検の標本を眺める。

 


 市陽子線治療センターは、他院からの紹介状があってもまず、セカンドオピニオンという形で放射線科の医師の意見を聞くようになっている。担当してくれたのはまだ若いH医師。経歴をみると30歳を少し超えたところ。息子といってもよい年齢だが、しっかりしている。何が何でも生検だ、生検だ、手術だ、切る、切るという外科や泌尿器科の若い連中(自分の意見を押しつけてくる医師は馬鹿にみえる)に比べて、とても穏やかで共感が持てる。


 すべての資料をみて、Y病院と同じ、GS3+3=6、T2cN0M0だという。この病院ではリスク分類に「NCCN」を使用しているので、「早期の中リスク」という結果だった。「90%以上は完治を目指せます」と言う。東北大などで使っているD’Amicoの基準ならT2cで高リスク。そこを聞いておきたくて「治療方法として変わってくることはありますか」と質問。H医師は「ホルモン投与の期間を8カ月にする、というような程度です」と。少し安心した。
 尿漏れや男性機能をほぼ喪失するダビンチを含めた外科的手術は回避したいと話す。「いまや、放射線治療の方が手術を凌駕するデータもありますよ」と小線源、トリモダリティ、IMRTの簡単な説明をする。


 すべて知っている話だったが、IMRTも陽子線も治療成績は似たり寄ったりで陽子線がIMRTより優れた治療結果を出しているわけではないという。これは初めて聞いた。陽子線がIMRTより優れているのは被爆部位を最小限にできること、それに伴い、直腸出血などの副作用は陽子線の方が少ない。これらもすべてウェブサイトや本に出ている話。照射回数は39回もあるIMRTだが、陽子線は21回。これはありがたい。
 

 もっとも驚いたのは、照射の位置決めのための金属マーカーを入れるために入院が必要ということだったかもしれない。もう二度と下半身を露出する砕石位はやらないぞ、と思っていただけに「どこにどう入れるのですか」と尋ねる。
 

 とても細い針、そうですねえ、シャープペンシルより細い針を2本、そうそう、あと1本は直腸と前立腺の距離を保つためのゼリー状の緩衝剤のようなものを入れます、とのこと。念のために1泊2日。


 一通りの説明のあと、陽子線にされますか?と聞かれたので「お願いします」と返事をする。市陽子線治療センターでは、ホルモン治療はやっていない。Y病院で6カ月間のホルモン治療をしたあと、年明けから陽子線を21回照射する、ということになった。


 女性ホルモンの投与はさまざまな副作用がある。女性の更年期障害のような症状があると言われたが女性でないので分からない。ホットフラッシュや乳房が大きくなる、髪の毛が生えてくる、などは本に出ていたが「脇毛がなくなるかもしれません」。ほー。
 ちなみに現在はホルモンの皮下注射は1カ月、3カ月に加えて6カ月有効な注射もあるようだ。ぜひ一回ですむ注射をお願いしたい。


 診察室を出る際、ベテランの看護婦さんが耳打ちしてくれた。「●●さん(私の名前)、恰幅がよいから女性ホルモンを投与されると、食事が進んでしまいますから気をつけてね。太らないようにね」と笑って注意してくれた。とてもありがたい。


 ちょうど、照射までに間に減量を加速しようと思っていた。「筋トレなどしてもよいですかね」と私。「照射のマークをつけた後はやせられると困るから、それまでにやせてね」と看護婦さん。頑張るぞ。
 

 1時間弱のセカンドオピニオンで4300円。とにかく、お金がかかる。治療に入る前なのに金が飛んでいく。古い保険でも、とにかくガン保険がこれほどありがたいものかと思う。女性ホルモンはそういえば、3カ月の注射だとして、3割負担で3万円近くかかる。陽子線は160万円。これの3割負担。高額医療制度を使ってざっと25万といったところか。次はY病院に戻って注射と内服薬の相談だ。

治療法を決める

6月9日土曜日その3
8日午後、二日間にわたる検査の結果を聞きに病院へ。診察は30分遅れの表示。前回もそうだったが、待たされて不吉な結果が…。
 

順番が来た。中に入る。N医師が骨シンチとCT画像を確認する。「画像を見る限り、転移はなさそうですね」。骨シンチの骸骨の画像には背骨などに黒い点がいくつかある。「これはなんですか?」と尋ねる。


 「こういうのはよくあります。とくに若い年代には。大丈夫ですよ」。転移の可能性を示す数値が0%となっている。あー、よかった。


「それでは、TNM分類はT2cN0M0ということでしょうか?」と尋ねる。生検の結果、左右のサンプルから2つずつ、検出されているのだから、両葉にガンがあるということ。「そうですね。放射線で行けると思いますよ」。ダビンチ使いのN医師だが前回、ダビンチによる手術を僕がやんわり否定していたことを覚えていたのだろう。

 「これまでいろいろ調べてきて、小線源か陽子線で行きたいのですが」と僕が話す。N医師は「それでよいのではないでしょうか。どうされますか?」治療法をせかされるのはどうかと思うが、それだけ、どちらでもよい、ということのようだ。


 「では、陽子線でお願いします」。この先、極端にいえば命を預けることになる治療方法を告げた。
N医師が所属するこのY病院には陽子線治療はない。
「わかりました。では、紹介状を書きますね。ただ、陽子線治療以外は引き続きこの病院で連携することになります」と説明を受ける。つまり、毎月のPSA検査はY病院に来る、ということだ。
 

この地方で陽子線治療設備のある「市陽子線治療センター」は主治医からの紹介状を元にまず、セカンドオピニオンとして患者と面会、主治医から渡されたすべてのデータを元に陽子線治療ができるかどうかを判断する。そして、治療可能となれば、その後の方針を立てていくという。


 陽子線治療センターのウェブサイトによると、中リスク群の前立腺ガンには最低6ヶ月から8ヶ月のホルモン療法を施した後、週5回、合計21回、1回あたり3.0GyE(グレイ・イクイバレント)、合計63.0GyEという。これがどのような放射線量なのか。新しい病院で聞いてみることにする。文系にはよくわからない。

ガン保険の申請書

2018年6月9日土曜日その2
 7日のCT検査の後、病院文書係にガン保険の申請書を出した。ガン保険はいまから20年ほど前、生命保険を見直す際に勧められて加入した。家族にガンで死亡した例はそれまでなく、終身ながら月額1万円ほどの出費は「必要なのかなあ」と思ったものだ。


 ところが、ここに来て、20年も放置してきたことに我ながらあきれている。がんと診断されて今回、100万円は受け取れる。それはそれで「おー」と思う。入ってなかったら結構な出費だからだ。


 ただ、20年前の保険は、再発時のケアはほとんどゼロ。先進医療特約もなく、放射線治療は倍率10倍(入院一日分の保険金の10倍。僕の場合は10万円)が一回、出るだけ。入院すれば1日1万円、手術は生命保険の方で10万、20万、40万と出るが、ガンでの入院後の通院給付金は、最低、20日以上の入院をするのが前提だ。
 

 いまどき、20日も入院するガンの手術はそうはない。開腹手術ならいざしらず、こと前立腺ならダビンチで7日。通院するたびに5000円受け取れるはずなのに、入院20日じゃあねえ。この金を貯めておけば、と計算すると、毎月1万円の掛け金を20年かけていると240万円。そのうち、半分に満たない100万が出るだけ。ま、もしかけていなかったらそれを貯めているとは全然思えないけどね。
 

 生検に入る前、保険会社の窓口に行って、「都合のよい話ですが、まだガンと診断されたわけではないので、いまから特約をつけることはできますか」と聞いた。調べてもらうと「PSAが基準値以下ならお受けできます」と言う。つまり、PSAが4を超えた時点ですでに見直しどころではなかったわけだ。見直しはほんとうに健康な時にしか、できません。
 

 これからの治療を考えると、100万は余分なことには使えそうにない。放射線治療を選択した場合、おそらく、最初にホルモン治療があるだろう。この治療費は高いと聞いた。使ってしまいそうなのでかみさんに預ける。そういえば、保険金の受取人はかみさんになっていた。保険会社に聞くと「奥様名義の口座でないと振り込めません」だって。マジか。


  ガンを証明する保険会社への文書代、5,700円。仕方ないって言えばそうだけれど。そこで儲けなくても。

骨シンチとCTスキャンをした

2018年6月9日土曜日
6月6日水曜日と7日木曜日、骨シンチグラフィーとCTスキャンをしてきた。


 6日午前9時半に病院に到着。核医学検査室に行く。静脈に注射。これは採血同様、ちくっとするだけですぐに終了した。「このあと、3時間後に検査をしますので、その間は何をしていても大丈夫です。水をたくさん飲んで体内から放射性物質を早くだしてやってください」と臨床検査技師に言われる。撮影開始は午後1時。

 さて、どうしたものか。病院内の喫茶店で朝食代わりのモーニングを食べ、さらに地下鉄に一駅乗ってイオンに。減っていたスマホを充電しながら時間をつぶした。
 

 午後1時に病院に戻る。金属は身につけてはいけません、ということでズボンを病院備え付けのトレーナーに履き替え、めがねを外して検査台に乗る。全身を検査するため、最初は顔の前に野球のベースほどの大きさの正方形(正確に言えば立方体なのかもしれないが)の板が降りてきた。本当に目と鼻の先。これがとてもゆっくり下半身に向かってスキャンしていく。


 こちらはただ寝ているだけなので眠くなってくる。「転移があったらどうしよう」という思いはあるが、この程度のグリソンスコア(3+3)、PSA(最終検査では10.41。その後の会社検診で9.90)でもし転移があればそれは不運としかいいようがない。40分ほどで全身をスキャンして終了。「きょうは帰っていただいてよいです」と放射線技師さん。ちょうど新人が入ってくる季節。検査室には初々しい研修生がいた。「お疲れ様でした。お大事に」という言葉がぎこちない。


 7日。この日も午前9時半に病院に到着。きのうと同じ病棟の地下にあるCT検査室へ。事務員さんが「ところで、糖尿病の薬、飲んでいますか?」と聞いてきた。説明書をよんでいなかったのか。しまった。

 「メトグルコを飲んでいます」と答えると「少々お待ちください」と言われてちょっと待たされる。おそらく、造影剤との兼ね合いで、検査ができるかどうか、医師と薬剤師に確認しているのだろう。うーん、延びたら嫌だなあ。
 

 10分か15分か。かなり待たされた後、何事もなかったように番号を呼ばれる。CT検査室へ入るときょうは看護婦さんがいた。いつも男性だったのでなんだかほっとする。ズボンを半分だけ下ろしてタオルケットをかけてもらう。万歳の格好で一度スキャンしたあと、看護婦さんが造影剤を打つ。「あの、●●さん(僕の名前)、芸能人に似てるって言われたことありますか?」。いきなり、なんという質問。「いやあ、ないですねえ」というと「横から見ていると市川海老蔵にそっくりですね」。ええ?そりゃ、ただ、髪の毛が短くておでこが広い、もっと言えば顔が面長というだけでしょ。
 

 いやいいや、と言うと看護婦さんが正面に回り、「いやよく似てますよ」(笑)。糖尿病の薬飲んでるクソデブの海老蔵がおるかよ、と笑いながら「看護婦さん、ありがとうね。ガンで落ち込んでいる中、ジョークでも気が紛れてうれしかったですよ」。心の中で感謝。スキャンはすぐに終わった。
そういえばメトグルコ。造影剤との相性がよくないので、9日までは飲むのをやめてくださいね、とその看護婦さん。了解です。
 

 それにしても、ガンは金がかかる。骨シンチは3割負担で17,180円、CTは8,020円。生検で9万払ったばかりなのに。
 この日は病院の文書係にガン保険の申請書を出してきた。長くなるので、この下りは別に書く。転移がないことを祈りつつ、病院を後にした。

Gleason score 6

2018年5月18日金曜日
 会社を休み、午後1時半から生検結果を聞きに病院へ。数日前から「癌だったらどうしようか?」「いや、大丈夫だ」と言い聞かせてみたりしたが、待合室ではもう、結果を受け入れるしかないと決めていた。癌の宣告に備えてノートに書いてきた内容を読み返し、主治医に聞くべきことを復唱していた。「癌でなければ、みんな笑い話ですむし」と思いつつ。


 前の患者さんが出てきたのになかなか自分の番号が表示されない。この病院ではプライバシー保護のため、すべての患者が原則、受付番号で呼ばれる。5分以上経過する。「ああ、これは僕が癌だから、いろんな書類を用意しているのだろうな」と考える。

 やっと番号が呼ばれた。中に入ると医師と目が合う。表情は心なしか硬い。そうなのか?
いすに座って向かい合う。
「生検の結果ですが、癌が見つかりました」。話には聞いていたが、最近はこうやって、いきなり言われるのだ。
「ああ、そうですか…」。

 手元にはすでに紙が用意されていた。

 中分化腺癌、Gleason score : 3+3=6 (右:2/6  左:2/6)
 つまり、12カ所の検体から左右それぞれ2本ずつ、計4本見つかった。悪性度はちょうど中間ということだ。ちなみに、低分化が一般の細胞からかけ離れた悪質なもの、高分化が一般細胞に近いもの、という分類のようだ。
 

 「これからは早いほうがいいです」とN主治医=これまで生検を渋りに渋ってきたツケ。こんなことなら、やれ、ラテント癌だ、どうだといっているのではなくて、さっさと生検やればよかったんだ、との声が聞こえてきそうだ。事実、妻からは帰宅後、そう言われた。=
 

 6月中旬に移転を調べる腹部、骨盤部、胸部CTと骨シンチと呼ばれる検査。それを見た上で治療方針を決める。
 

 この日の主治医の意見では、転移がなければ、小線源療法か陽子線でいけるのではないか、とのこと。根治を目指すなら根こそぎ取る外科的な手術をダビンチで行う選択肢もある。どうする?
 

 前立腺癌は自分でいろいろと決断しないといけない。そのためには調べないといけない。何の因果か癌になり、これから死ぬまでつきあうのだ。
 

 チキショー、とは思わない。でも、こうは思うんだよね。「なんでまた俺なの?いっぱい、苦労しているじゃん、ほかのことも」と。だが、何事にもこうなる理由があるのだろうし、乗り越えていく力があるから来たのだと信じる。

いよいよ生検、痛いのか?

生検は2018年4月26日から28日までの2泊3日の日程だった。時系列で記録する。
​​4月26日午後1時から夜​​​​
 Y病院の入院窓口で、事前に手渡されていた検査同意書や保証人などの用紙を提出して病室に案内される。検査を決めた診察日にすでに個室をお願いしてあったため、テレビと冷蔵庫、トイレ、シャワーのついた部屋だった。ホテルと異なり、病院は2泊3日でも3日分の個室料金を取られる。その日に入るまで空いている部屋の料金が大まかにしか分からず少々不安だったが、4万円強といったところ。痛い出費ではあるが、終わってみれば大変にありがたかった。


 部屋にはさまざまな担当の看護師さん、薬剤師さん、そして主治医が訪れる。時節柄、新人の看護師さんもベテランさんとともに横について研修を受けている。何とも初々しい。自分の娘たちと同世代だ。腕に患者の印ともいえる輪っかをはめられる。バーコードと名前、生年月日が記入されている。


 主治医や看護師さんの話を総合すると、以下のような内容だった。検査は翌日午前9時から手術室で実施する。時間は10分ほど。今夜、下剤を飲み、朝、座薬の下剤を入れてトイレを済ませる。感染予防のため抗菌剤を入院直後から服用する。これは退院して2日間、飲み続けた。


 なぜなのかよく分からないがこの日は入浴禁止。翌日の検査後もダメ。事前に分かっていたので自宅でシャワーを浴びてきた。説明が終わって後は寝ているだけ。院内は自由に動き回れる。普通の入院患者同様に何度も看護師さんがバイタルを確認しに来るが、普通食の夕食を食べて、テレビを見てすごした。


 ここまで来たらジタバタしても仕方がない。個室だけにテレビは音を出して見られる。ゴルフファンとしてはこの日から始まった中日クラウンズの動画をゴルフネットワークで見たいので、iPadを持ち込んでずっと見ていた。南北朝鮮首脳の板門店会談もあり、長時間イヤホンをしなくてすむ個室はありがたい。
 
​​4月27日午前6時から9時​​
 検査日程通り、午前6時に看護師さんが来て、座薬(レシカルボン)を手渡してくれた。「入れると炭酸のようにシュワーって感じで、もよおします。でも、20分ガマンしてくださいね。出し切るためです」とニコリ。そのままでは挿入できそうにないので潤滑ゼリーをもらった。


 これまで鎮痛剤の座薬は何度も使ったことがあるからスッと入っていった。だが、20分はとても持たなかった。相当ガマンしたが、もう無理。時計で測ったら、たった7分で降参。ベッドサイドにあるトイレに駆け込んだ。おー、個室でよかった!もし、トイレが満室だと想像するだに恐ろしい。


 「手術1時間前に朝の抗菌剤を飲んでください。そうするともっともよい具合に効いていますので」と説明した薬剤師さんの言葉通り、8時に飲む。


 直後に訪れた看護師さんに「20分持ちませんでした」と申し訳なさそうに話すと「どれぐらいでました?固さは?」などと、看護師さんだから仕方ないのだが、若い女性に問われ、「えっ、固くもなく柔らかくもなく。実にスムーズに。かなり出ました」と答えた。「なら大丈夫です。20分は気にしないでくださいね」。なんだ、そうなんだ。
 その後、急いで個室にあるシャワーを浴びた。おしりもしっかり洗っとかないと。さすがに失礼だから。コンビニで買っておいた携帯サイズのシャンプーとボディソープが役に立つ。病室というのは、それにしてもアメニティは何もない。

 9時少し前になった。別の看護師さんが呼びに来た。「さあ、行きましょう」。パンツ一丁になり、後ろでリボン結びする手術着を着せてもらう。たるんだ体を見られて恥ずかしい。もし癌じゃなかったら、体を鍛えよう、と決意する。
 「メガネは手術室で外しますからそのままで」と看護師さん。「行きは歩きで、帰りは車いすで戻ります」とカラの車いすを看護師さんが押しながら、こちらは一人歩いてエレベーターに向かう。どきどきもしない。


​​4月27日午前9時から9時30分​​
 中央手術室に到着した。いくつ手術室があるのか分からないが、受付の後方に今行われている手術の映像が複数のモニターに映し出されている。事務の女性が、僕の左手にあるID輪っかのバーコードを読み取り、名前と生年月日を教えて欲しいと言う。この名前と生年月日は3日間で10回以上言わされた。人違いはイカン。イカンけれど、そこまでする?というぐらい確認された。


 入室する前に担当の看護師さん2人が名乗り、挨拶する。「こちらこそ、お願いします」と返す。「では、行きましょう」と促され、正面の部屋に。銀色の扉の上には「手術中」の赤ランプ。すでに点灯している。扉の右下にあるボックスに看護師さんが足を入れる。ドアがゆっくり開く。歩いて入るとすでに医師とパラメディカルのスタッフが6人ぐらい。みんなが僕を注視している。


​ 「では、こちらに乗ってください」と男性看護師さん。また、名前を聞かれる。小さな踏み台に足をかけて手術台に上る。仰向けになって、いわゆる砕石位=両足を上げて開脚し、膝を曲げた状態で固定される=の体勢をとる。指に心拍数を測るクリップをつけられる。バイタルを気にするぐらいの結構な検査なのだと再確認させられた。
 
お腹のあたりにはカーテンが引かれ、下半身は見えない。パンツは自分では下ろせないので看護師さんが下ろしてくれる。すーすーする。スッポンポン。検査だが、我ながらひどい格好ではある。

 看護師さんが医師に「これから行うののは何ですか?」と確認する。医師が「前立腺生検です」と答えると僕に向き直り、説明する。「まず指を肛門に入れます。それから機械を入れて麻酔をします。12回、パチンという音がします。ではいきますよ」。「え、もう始まる?」と焦る。左右の看護師さんが僕の両腕を触りながら「力を抜いてくださいね。力を入れない方が痛くないですよ」と言うが無理!「そう言われましても…」というと「ですよねえ」。


 笑うまもなく、指が入ってきた。これはきちんとバイオプティガンが入るかどうか、の確認なのだろうか。ええっ、ちょっと、痛いじゃん!と声が出そうになると、すぐに指は抜かれ、間髪入れず、今度はバイオプティガンが入ってくる。指より太い。ぐぐぐぐ。え、そんなに深く入れるの?


 痛い、といえば痛いが、その単語では状況を表せていないと思う。棒を突っ込まれた圧迫感、それに、口に指を入れて横に広げたような感じか。波状攻撃のように「では、麻酔を射ちます。チクリとしますよ」。自分の思い込みだったのだが、麻酔はおしりにするのだと勘違いしていた。すでに検査は始まっているのだから、いまさらおしりではない。バイオプティガンの中から針が出てきて、肛門の中にブスリ。あー、これは…イテテテ。


 使っている局部麻酔薬は事前の説明ではキシロカイン。歯医者さんで歯茎にする、あれ、である。痛みもまさに同じ。中、左、右と三カ所。時間にすれば10秒もないが、イッタイなあ、もう。ただ、振り返ってみると、痛みはこの後はどうということはなかった。


 医師は「はい、左3、右2」と声を上げて隣にいる看護師さんに記録させながらバチン、バチンという結構大きな音とともに組織を取っていく。「ここがみなさん、1番痛い、とおっしゃる場所ですが」と言いながらもバチン。ただ、12カ所の生検採取はどの場所も何の痛みもなかった。痛いのはむしろ機械を突っ込まれている肛門と注射だった。


 「はい、最後、終わりました。お疲れさまでした」という声で終了。「出血はほとんどありませんでしたよ」。バイオプティガンが抜かれると「はー、やれやれ」。手術台ゆっくり起き上がるが、力を入れすぎていたせいか脱力感もすごい。「気分はどうですか?」と看護師さんに聞かれたので「ちょっとクラクラします」と話すと「それは麻酔ではなくて精神的なものから来ていると思います」。そういうものか。
 手術台に車いすが横付けされた。乗る。目の前に今採取したばかりの検体が運ばれてきた。薄いマッチ箱様の、小さな穴がいくつも空いたプラスチックケース。青と白の2色があったような気がする。これで左右を分けているのか。パラメディカルのだれかに聞こうかと思ったが気力がなかった。ふーっ、という感じだ。
 病棟の看護師さんが迎えに来るのを手術室前で待つ。この時点で、痛みは全くない。目の前を多くの手術患者が通り過ぎていく。ベッドごと運ばれる重篤な人もいる。僕と同じ部屋に通される初老の男性がいた。泰然としている。検査が終わって思い出した。C病院のK医師に「痛いんですかね?生検」と聞いた時の返事。「ものすごく痛いと思って臨んでくれたら、大したことはないですよ」。その通りだった。
​​

​​​​​​​4月​​​27日午前9時30分から夜​
車いすに乗って病室に戻ってきた。検査中の急変に備えて待機していた妻が「大丈夫だった?痛くなかった?」と聞いてきた。「うん、うん」と返事をしてベッドに横たわる。しばらくして、止血剤の点滴が始まる。ラクトリンゲル液500ccにカルバゾンクロム静注50ccを2時間かけて落とす。カルバゾンクロムは橙色をしている。初日に来てくれた薬剤師さんによると、尿にこの色のまま出てくるので血尿と紛らわしいという。

 ​​​​​​​11時50分ごろ、生検終了後、始めて尿が出た。最初の尿は尿瓶に入れて看護師さんに見せることになっている。透明の尿瓶に向けて怖々出す。真っ赤だったら嫌だな、と思いながら。たが、多少は赤いかもしれないが、濃い橙色だ。
 「あら、これだけですか?」と看護師さん。「いえ、色が分かればよいかと思い、なみなみと尿瓶に入れることはないと思って半分以上はトイレに捨てました」と僕が話すと「すべてほしかったのですが、仕方ないですね」。看護師さんとはまあ、大変な仕事だ。
 血尿はこれまでも何度か、尿道結石で経験している。あの赤さと比べればまったくだ。出血は少なかったですよ、という医師の言葉を裏付ける尿の色。とりあえず一安心。ただ、時間の経過につれて、下半身に不快感が増してきた。まず肛門に違和感がある。膀胱炎、尿道炎のような不快感がある。残尿感というか。これは夜まで続いたが、テレビを見ていれば忘れてしまいそうな程度で、翌朝には消えていた。
 検査を終えてやれやれの気分だった。だが、よく考えれば、癌が否定されて初めて晴れ晴れするのであって、まだ、たった、検査を終えたにすぎない。妻が帰った病室で5月中旬に出る検査結果が悪いものでありませんように、と祈った。
 主治医のN先生が病室に顔を出してくれたのが午後。
先生「もう普通に生活していいですよ。サプリを再開してもいいです」。
僕 「GWに2回、ゴルフするんですが大丈夫ですかね?」。
先生「大丈夫ですよ。多少血尿になるかもしれませんが。夜、ビール飲んでください」。
僕 「飲んでもいいんですか」
先生「少しぐらいなら大丈夫ですよ」
うれしい!
​4月28日午前6時から10時​
 早めに退院するためには、止血剤の点滴を早朝に終え、朝食を済ませないといけない。「では、午前6時に点滴ということで」と前夜に告げられたため、目覚ましを5時50分にセットしておいた。目覚めると同時に看護師さんがノック。「ちょっと早めに落としましょう。きのうの感じなら大丈夫そうですね」。
 点滴は自分の血液以上の液体が体に入るわけだから当然、心臓に負担がかかる。患者に大量、急速に輸液する際は注視が必要なのはナースの基本らしい。
 点滴を終えてトイレを済ませて部屋のシャワーへ。検査中に力を入れすぎたせいか脂ぎった髪の毛を早く洗いたかった。尻から血が出るかと心配したが、それもなし。シャワールームから出てくると朝食がベッドボードに乗っていた。
 身支度をして待っていると看護師さんが計算書を持ってきた。9万円と少し。検査費用4万円強より個室料の方が高い。痛いなあ、と思いつつ、トイレやシャワー、テレビの音量を考えるとありがかたかったか。
 検査結果を伝える診察日の確認、今後の注意点(飲酒は控えるように、とあるがN医師からOK出てるしね)の紙を再度確認。ナースステーションに挨拶をして会計へ。この日は土曜日のため窓口は開いていない。救急外来横の自動精算機にクレジットカード入れる。この精算機、病院仕様なのだろう、最後に「オダイジニ(お大事に)」と言う。そういえば、米国に赴任していた時、日本に旅行したことのある人たちによく言われた。「日本の機械はよくしゃべるよね」。
さあ、祈りながら、結果を待つ。

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針生検までの過程

​ 前立腺腫瘍マーカーPSA=​​​​prostate specific antigen(前立腺特異抗原)の針生検は2018年4月27日午前9時からY病院で実施した。その詳細は後述するとして、そこに至るPSAの過程をまず記録しておく。古い日記帳を引っ張り出して数字を拾う。小数点以下3桁は会社の健診(2007年までは2桁)と関連病院での検査。2015年以降の2桁はY病院。当然、検査キットは違う。単位はng/ml。前立腺針生検当時の年齢は57歳7カ月。
2001.12.25   1.90(41歳)=翌月から米国勤務のため人間ドック
2005.06.20   1.66(44歳)=帰国後初の健診
2006.05.15   1.92
2007.05.25   1.914
2008.04.24   3.750
2011.04.20   3.909
2012.04.18   3.958(51歳)
2013.04.16   5.128
2013.06.14=C病院で前立腺MRI撮影。「よく分からない。癌なら一発で分かるがそこまでの影はない。この小さな影が微妙といえば微妙だが」とK医師。
2013.08.19   5.850
2014.02.03   5.191
2014.04.15   4.202
2015.04.17   5.574
2015.05.21   5.245
2015.07.30   5.302(54歳)
K医師が転任したことに伴い、紹介状を書いてもらい、Y病院で診察を受けることに。
2015.12.22   8.47 =Y病院N医師に初めて尿道結石で診察を受ける。そのときの採血結果。
2016.04.20   7.157
2016.07.28   6.592=「がんならあまり上がったり下がったりしないが、生検するしか確定はできない」とN医師。様子を見ることに。
2016.11.16   7.59=「(Y病院の検査結果だけ見て)また下がりましたね」とN医師。
2017.02.15   8.66=「かなり上がりました。どうしますか?」とN医師。5月17日にMRIも撮ることに。(診察は24日)
2017.04.17   8.931
2017.05.17   8.74=MRI所見では癌らしきものはないとのこと。前立腺はかなり大きいです、と。このときに体積を聞けば良かった。(診察は26日)
2017.11.17  10.31=「10を超えたので次回、再度MRIを撮りましょう」と。(診察は21日)
2018.02.21  10.41=「確実に癌だという影はありません。ただ、怪しいといえば怪しいという部分はある」とN医師。ここまで1カ月間、アグリコン型大豆イソフラボンを飲んできた。効果を期待したがPSAは下がるどころか上がった。手遅れになる前に生検すると決断した。診察でこの説明を受けた27日に生検を予約した。(診察は27日)
 PSAがジリジリと上がっているのに、針生検をここまでしてこなかったのにはいくつかの理由がある。ざっと理由を挙げると-。
米国予防医療専門委員会(US Preventive Services Task Force:USPSTF)がPSA検査を推奨しないと結論づけている。
②少数意見かもしれないが、高橋知宏医師(大田区の開業医)、近藤誠医師(元慶應義塾大学医学部専任講師)らはラテント癌や「がんもどき」などおとなしい癌を針生検によって活発化させる可能性を指摘。針生検の無用性を主張している。

③身内では父が最後の最後に肺がんになって死亡した(81歳)以外、癌や悪性腫瘍を発症した人がおらず、自分が癌になる可能性を考えたことがない。
④Y病院での検査は「経直腸的前立腺針生検」で2泊3日。局所麻酔を前立腺周囲に注射する。どう考えても痛そうで勘弁してほしい、というのが本音。
ざっとこんなところである。
ところで、生検やPSA、MRI撮影以外にも、前立腺癌かどうかを判断する診断はいくつかある。
【PSA値と前立腺体積の関係=PSAD】
 PSAの数字が高いからといって必ずしも癌ではないことは、少し調べれば分かる。むしろ、10前後の値では、癌でない確率の方が高い。MRIでは分からなかった。
 前立腺の体積が大きければ当然、PSAの許容範囲も大きくなる。日本人の前立腺平均体積は20cc以下といわれている。日本人のPSAは4が標準値となるのは44ccだという(高橋医師のブログから)。つまり、前立腺肥大が進めばPSAは高くなる。そこで前立腺の体積が重要になってくる。
 それを数値化したのがPSAD(PSA密度)=PSA値を前立腺の容積で割った数値。数値が低いほど前立腺肥大の可能性がある。
 【F/T比】
 PSAは血液中で、タンパク質と結合しているグループと、結合していない(遊離=free)グループがある。この遊離グループを全PSA(total)で割った数値を検証すると、数値が高ければ高いほど、癌の割合が低いという。出典を失念したが、F/T比26%以上だと、癌7、非癌32。10%以下なら癌34、非癌11だった。
 直腸内触診や肛門の中に経直腸的超音波検査もそう。そうした一種の「スクリーニング」を経てなお癌の疑いがあるなら、生検に進むというのが流れだという。
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Y病院のN医師は生検を強く勧める人柄ではない。「やった方がよいと思います」とは言う。だが、メリット、デメリットを挙げた上で「決めるのは本人です」。私が「先生が同じ状況ならどうしますか?」と聞くと「私ならやります」という。
 だが、病院の方針なのかどうかは分からないが、N医師は血液検査とMRI撮影のみだ。私がF/T比やPSADの話をすると「わたしはF/T比は当てにならないと思っています。それに、どんな検査をしたところで生検でなければ確定診断はつきません。生検でもうまく癌に当たらないかもしれないぐらいです。これだけPSAが高いのであとは生検をするかどうか、だと思います」と言う。あとは自分で決めろ、ということだ。うーん、どうしよう…。

 生検をせざるを得ない、と最終的に観念したのは、ばかばかしい話だが、アグリコン型大豆イソフラボンのサプリがまったく効かなかったことかもしれない。たかがサプリではある。だが、前立腺肥大なら効果があると高橋医師のブログにもあった(もちろん、効かない人もいると書いてもあるが)。多少は効果があると期待していたのが真逆の結果で数値が上昇していた。
 もはや、前立腺癌であることを否定する要素を自分の中では見つけられなかった。確かに癌でもラテントや超早期で経過観察程度(TNM病期分類でT1程度)なら良いかもしれないが、もしそうでない癌で、何らかの処置をすればQOLを維持しながら生活できる、ゴルフもできる、というのなら、いま決断するしかないかな、という考えからだ。
どのように生検が進んでいったのか。痛いのか、痛くないのか。次回に書く。

 
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